1964年に
日本赤十字社入社。
1970年バングラデシュ(当時の東パキスタン)救援活動、ナイジェリア戦後復興支援、グアテマラ地震救援、フィリピン火山噴火救援、メキシコ地震救援、旧ユーゴスラビア紛争救援及び、トルコ地震救援、スマトラ沖地震・津波救援など数多くの災害救援、又赤十字が行なう国交がない国への人道的な戦後処理事業等もリーダーシップを発揮して行なった。ジュネーブの
国際赤十字・赤新月社連盟IFRCではアジア太平洋地域災害担当部長として勤務。また、血液事業の分野では、国内の事業展開のみならず、タイ赤十字社と共同でアジア地域赤十字・赤新月血液事業シンポジウムを開催するなど、他国赤十字との協力関係を築いた。(平成3年)同社副社長、(兼)
学校法人日本赤十字学園理事長に就任。平成7年〜15年の間、国際赤十字常置委員として
赤十字国際委員会ICRCや各国赤十字社とともに世界の赤十字活動においてリーダーシップを発揮した。引き続き国内外の災害救護活動、医療事業、血液事業、社会福祉事業、青少年赤十字活動、救急法等講習普及事業を進める他、看護師の養成のための赤十字看護大学の設立や修士課程・博士課程の創設により看護教育の向上に積極的に関与した。(平成17年)4月より社長に就任。内閣総理大臣を囲む各関係大臣との
中央防災会議や地雷廃絶日本キャンペーンなどの委員として、国内おける数多くの団体に関わり、人道支援活動の普及に貢献。同年11月、世界中の赤十字関係者の信頼を得て、186ヶ国が加盟している国際赤十字・赤新月社連盟の副会長に選出され就任(兼務)し、現在に至る。