日本において生薬学という学問上の名称が用いられたのは
明治13年(
1880年)からであり、
東京医学校製薬学科の別課である通学生教場にて日本人教師が日本語で講義する必要性が生じたため、当時助教授であった
大井玄洞がJ.W.Wingandの『Lehrbuch der Pharmakognosie』などの書籍を参考に教科書を作るあたり、ドイツ語の「
Pharmakognosie」(これはギリシャ語の
pharmakon(薬物)と
gnosis(知識)からの造語)に「生薬学」の訳をあて、『生薬学』『生薬学図譜』を刊行したのものである。
いっぽう、その過程で含有化学成分の分析方法の発展から、生薬中に含まれる未知の薬効成分を新しい医薬品として開発するという
天然物化学が生薬学から発展し、日本だけでなくアメリカの薬学部における生薬学研究の主流を占めるようになった。実際、世界で使用される医薬品の多くは、そのような天然物またはその誘導体であり、今後も新しい医薬品が天然物から開発されることが期待される。