現在では一般に、多額の
資産や巨大な名声を手に入れた
経営者・
実業家など
富裕層、あるいはそのような企業や何らかの活動グループ、即ち成功者を
人生の勝者と見做し、この呼称で呼ぶ様になった。逆に、低賃金であったり社会的な地位と信用が低い
貧困層、エリートコースから外れた
労働者などが
人生の敗者と見做され
負け組と呼ばれる。これらの新用法に対しては、「かつての用法とかけ離れた意味である」「そもそも誰が人生『勝ち』『負け』という基準を決めるのか」などの批判がある。なお、上昇志向の無い人々や
ニートを指して
待ち組という言葉も生まれたが、これが正しい用法なのかどうかについては異論も存在する。
その一方で、「勝ち組」「負け組」という概念が
差別に結びつくという事態も発生している。例えば現在、
職業において「勝ち組の
仕事の代表格は○○」「○○は負け組の仕事」等といったような
偏見が生まれており、「勝ち組」「負け組」という言葉が半ば
職業差別として機能している一面がある(
諺「職業に貴賎なし」は建前と化しつつある)。また、職業に限らず、
容姿、
服装、
学歴、
趣味、さらには
血液型、
出身地等、つまり「個人による何らかの違い」が存在する多くの要素において、同様の差別や偏見が発生しているか、あるいは今後発生する可能性がある。これについてはテレビや雑誌等の
マスメディアがこのような差別、偏見を助長するような表現を行っている事が一因として指摘されている。同様の指摘は
新書等の
書籍においても当てはまると言われる。