市制を敷いた当初は、「
挙母市」という名称であった。しかし、自動車産業が本格的に軌道に乗り始めた
1958年、商工会議所から市宛てに市名変更の請願書が提出された。理由は、挙母市が全国有数の「クルマのまち」に成長した点と、地名の「挙母」が読みにくいという点であった(「挙母(ころも)」が長野県の「
小諸(こもろ)」と混同されることもあった)。「挙母」という地名には古代以来の歴史があって愛着を持つ市民も多く、一時は賛成と反対で市を二分するほどの論議が展開されたが、1959年1月、名称が「
豊田市」に変更された。