当時の
総理大臣小泉純一郎が政治生命をかけた
郵政民営化法案は、与党・
自由民主党の了承なしの
閣議決定(2004年)、党総務会(党の常設最高意思決定機関)の採決方法を慣例の全員一致から、直前に多数決に変更した上での決定、「郵政民営化に関する特別委員会」の採決で反対派委員の賛成派議員差し替えなどの経過を経て、
衆議院本会議では可決(賛成233・反対228・欠席棄権14・病欠2)されたが、2005年8月8日
参議院本会議では否決(賛成108・反対125・欠席棄権8)されたため、即日、
日本国憲法7条3号にもとづいて
衆議院解散された。
小泉は解散により自民党の躍進を予想していたが、党内には分裂選挙による大敗を予想する意見も根強かったことから、国事行為(
衆議院解散)に関する閣議決定文書への署名を拒否する閣僚が出た。臨時閣議は中断を挟みながら、2時間超に及んだ。反対閣僚のうち、
総務大臣麻生太郎と行政改革担当大臣
村上誠一郎は最終的に小泉の説得に応じて署名したものの、
農林水産大臣島村宜伸は最後まで署名を拒んだため、小泉は島村を
罷免した上で自ら農水相を兼務(8月11日まで。後任は
岩永峯一)という形式で閣議決定文書を完成させ、解散に踏み切った。また、この閣議で
参議院本会議で郵政民営化法案に反対票を投じた防衛政務官
柏村武昭も罷免された。
小泉は、同日夜、解散直後の記者会見で、「今回の解散は『
郵政解散』だ。(郵政民営化に)賛成してくれるのか反対するのか、はっきり国民に問いたい」と述べ、郵政民営化を
地動説になぞらえ、
ガリレオ・ガリレイの創作された
寓話の
台詞「それでも地球は動く」を引用して民営化の正当性を主張した上で、自民・公明の両党の公認候補が過半数を獲得できなかったら退陣すると明言した
。また、恒例となっている解散のネーミングは、総選挙実施日が
アメリカ同時多発テロ事件(2001年)が起きた9月11日であることなどから
自爆テロ解散、自民党が分裂選挙で大敗するとの予想から
やけっぱち解散などとも揶揄されたが、選挙後は
郵政解散が定着した。