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「日本駐箚アメリカ合衆国大使」||病院NAVI.com [05/27update]

日本駐箚アメリカ合衆国大使 wikipedia|無料辞書

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日本駐箚アメリカ合衆国大使(にほん ちゅうさつ あめりか がっしゅうこく たいし)とは、日本に駐在するアメリカ合衆国特命全権大使の外交正式名称。駐日アメリカ大使(ちゅうにち あめりか たいし)、駐日米大使(ちゅうにち べい たいし)ともいう。

◆ 概要
日本とアメリカ合衆国は、1853年(嘉永6年)に東インド艦隊司令長官のマシュー・ペリー(アメリカ海軍准将)が第13代アメリカ合衆国大統領ミラード・フィルモアの親書を携えて来日し、翌1854年(嘉永7年)に日米和親条約を締結して以来、外交関係を維持している。同条約の11条第十一條 兩國政府に於て無據儀有之候時は模樣により合衆國官吏之者下田に差置候儀も可有之尤約定調印より十八ケ月後に無之候ては不及其儀候事 に基づいて、1856年(安政3年)にアメリカ合衆国政府は、外交官タウンゼント・ハリス総領事として伊豆下田に派遣した。1858年(安政5年)には日米修好通商条約を締結し、翌1859年(安政6年)にアメリカ合衆国政府はハリスを弁理公使とした。
1941年(昭和16年)12月8日(現地時間12月7日)に日本が真珠湾攻撃を敢行してアメリカ合衆国に宣戦布告したため、日米両国間で太平洋戦争が始まり国交は断絶。同日、ジョセフ・グルーは駐日米大使を退任した。このときから、終戦連合国軍の日本占領統治を経て、1952年(昭和27年)4月28日日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)が発効するまでの約10年間は、日米両国間に通常の国交が断絶していた。
2009年(平成21年)1月にバラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に就任したことを受けて、ジョン・トーマス・シーファーが日本駐箚アメリカ合衆国大使を退任したため、同年現在、日本駐箚アメリカ合衆国大使は空席である。シーファーは、2005年1月21日に第43代アメリカ合衆国大統領のジョージ・ウォーカー・ブッシュから日本駐箚アメリカ合衆国大使としての指名を受け、同年3月17日アメリカ合衆国上院の承認を経て、同年3月29日に正式に任命され、同年4月11日に日本の天皇から信任を受けて着任した2004年12月に、前任のハワード・H・ベーカーJr.が外交職からの辞意を表明したことにより、改任。
2009年(平成21年)5月、オバマ大統領は、カリフォルニア州弁護士ジョン・ルースを新任の日本駐箚アメリカ合衆国大使として指名する予定であると報じられた[外部リンク] 米駐日大使にルース氏 企業法務精通の弁護士、2009年5月21日付日本経済新聞、2009年5月21日閲覧。
現在、アメリカ合衆国は東京駐日アメリカ合衆国大使館を設置しており、駐日米大使は同所で執務する。なお、大阪府大阪市愛知県名古屋市北海道札幌市福岡県福岡市沖縄県那覇市には領事館を設置している。

◆ 歴代大使