鉄道による観光輸送が全盛期であった1962年7月1日に、夏季(9月2日まで)運行の臨時準急「ひろお」1往復が全線で設定され、1965年まで毎年運行された(途中停車は大樹駅)。1966年は
士幌線の
糠平駅と広尾駅の間を結ぶ形(広尾線内は「ひろお」、士幌線内は「しほろ」が8月の2週間運行された。1967年からは糠平・広尾間を臨時急行「大平原」として運行され、広尾ではこれに接続する国鉄バスも増発された。「大平原」はいずれも鉄道としては
盲腸線であるローカル線を結んで走るという、珍しい運行形態であった。1975年の夏は広尾線内のみの運行となり、その年限りで廃止となっている。
改正鉄道敷設法別表第133号に規定する「胆振國苫小牧ヨリ鵡川、日高國浦河、十勝國廣尾ヲ經テ帯廣ニ至ル鐡道」の一部であり、1929年から1932年にかけて帯広 - 広尾間が開業した。西側の区間は、2つの
軽便鉄道を買収して延長した
日高本線として1935年に
様似まで開業したが、様似 - 広尾間は未開業に終わり、
国鉄バス襟裳線(現在は
ジェイ・アール北海道バス・
日勝線)がその間を結んでいた。1980年に国鉄再建法が成立すると、第2次特定地方交通線に指定され、
国鉄分割民営化直前の1987年に廃止された。