1973年に当時の国の一県一医科大学構想に基づき山形大学医学部が設置され、その3年後の1976年5月10日、山形県の医療の中核病院として開院。当初は15診療科体制、320床でのスタートであった。「人間性豊かな信頼の医療」を基本理念とする。
1999年には、急性期の高度先進医療を担う附属病院の目的を達成するために、新たに救急部を設置。初代救急部長に
嘉山孝正が就き、年間受入患者数が1998年段階の約220名から、2004年にはその約10倍に増加することとなった
[「医師が危ない 第五部 難局の向こうに1」『高知新聞』2008年6月23日]。2001年には黒字経営に転換。2005年度の国立大学での収益力ランキングで日本一となった
[『週刊東洋経済』調べ。]。
の五点が整備計画の目標とされ、2007年度には病院再整備計画が文科省に認められ、
HCU・臓器別疾患センターの設置、新病棟の建築、既存病棟の大改修など、再整備に向けた工事がスタート。2008年7月に新南病棟が完成。手術部はそれまでの約2倍、救急部は約5倍、
ICU・HCUは約2.5倍の規模となった。また、多床室も6床から4床になり従来の1.5倍のスペースになったほか、看護師や医学生が実習や勉強をする部屋を1フロアで複数用意、看護控室も拡充された
[「山形大学医学部・新南病棟 完成記念座談会」『山形新聞』2008年7月13日]。その後、既存病棟の改修などに移り、整備完了は2010年度を予定している。