ドーキンスは、
自然選択の実質的な単位が
遺伝子であるとする
遺伝子中心視点を提唱したことでよく知られている。生物は遺伝子によって利用される「乗り物」に過ぎないという比喩表現は、多くの読者に衝撃を与えた。遺伝子中心視点の考え方は、
ミツバチが見せる一見利他的な行動など、動物のさまざまな社会行動の進化のプロセスを説明するために提唱された
血縁淘汰説やESS理論を先鋭なスタイルで表現したもので、
社会生物学が広く受容されるきっかけの一つとなった。自然選択を重視する彼の立場から、はドーキンスをダーウィンの思想的後継者の一人と位置づけている。イギリスのメディアではダーウィンのブルドッグと呼ばれた
T.H.ハクスリーになぞらえて、「ダーウィンのロットワイラー」と呼ばれることもある。
文化の伝播を遺伝子になぞらえた
ミームという語を考案した。
スティーヴン・ジェイ・グールドとの論争でも知られる。この論争は社会生物学を受容するグループと拒絶するグループの象徴となったが、二人は
創造論に対しては共闘関係にあった。熱烈な
無神論者、
反宗教主義者、
懐疑主義者、ダーウィニストとして知られ、
世俗的ヒューマニズムや
ブライト運動、科学的合理主義の推進者でもある。2004年にプロスペクト誌が行った「イギリスの知識人100人」で首位に選ばれた。2006年の著書『
神は妄想である』は2007年11月の時点で英語版の売り上げが150万冊に達し、31カ国語に翻訳された。今日、彼の著書の中で最も有名な一冊となった。
ドーキンスは幼少時代を「ごく普通の
英国国教会信徒として育てられた」と述べている。しかし9歳の頃には神の存在は嘘であると考え始めた。しばらくするとデザイン論、つまり自然の秩序や目的、複雑なデザインは神の存在の証拠であるという主張に納得させられ、信仰に戻った。その後再び、国教会の習慣は不条理で、神を用いた道徳の押しつけと考えるようになった。そして進化のプロセスを理解するに従い、彼の宗教的な視点は最終的に転換し元には戻らなかった。彼は
自然選択が生物の複雑さを十分な説得力を持って説明できると感じ、超自然的造物主の存在を不要と考えるようになった
。