|調 = Michael R. Matz
2005年10月のデラウェアパークのメイドンでデビュー勝ち、GIIIロレールフューチュリティーを制し重賞初制覇。年明けの
1月1日にコールダーで行われたGIIIトロピカルパークダービーも制して3連勝を飾る。ここで
ケンタッキーダービーに使うために試しにダートを、と使ったガルフストリームパークのGIIIホーリーブルステークスも勝利し、さらには
フロリダダービーも制し初GI制覇。そしてクラシック第一弾のケンタッキーダービーへ向かう。20頭立てのレースで終始先頭集団を追走し、4コーナーで先頭に立つと
アソールトに次ぐ6 1/2馬身差で勝利、無敗でのケンタッキーダービー制覇となった。生産者のMr. & Mrs. M. Roy Jacksonは、同日に行われた英
2000ギニーでも生産馬の
ジョージワシントン(George Washington)で勝っている。
通常ならば
予後不良と診断され直ちに薬殺処置が取られる程度の故障であるが、馬主の意向により生存へ向けた手術が行われた。ペンシルベニア大学で行われた5時間に及ぶ手術は成功したものの、競走能力は喪失、助かる見込みは五分五分といわれていた。7月には右後肢をかばって体重がかかっていた左後肢に
蹄葉炎を発症、極めて予断を許さない状況になっていたが、その後は驚異的な回復を見せ、8月中旬には外で元気に歩く姿も見せ、いずれは退院できるというまでに回復していた。しかし、再び左後脚に加え両前脚に蹄葉炎を発症、左後肢の蹄葉炎が結果的に致命傷となり、
2007年1月29日に安楽死処分された。