1990年の大統領選挙に新党
Cambio 90(
カンビオ・ノベンタ、“cambio”は変革の意)を結成して出馬したフジモリは当初ダークホース的存在であったが、対立候補の世界的作家
マリオ・バルガス=リョサを破り当選した。国民は前大統領
アラン・ガルシア政権に対し失望感を抱いており、それと同時に、有力候補であったバルガスの提唱した政策“
新自由主義経済”を疑いの目で見ていたエスタブリッシュメント層を味方につけることにも成功した。選挙期間中フジモリには
el chino(エル・チノ、
中国人)のニックネームがつけられた。多くの評者はフジモリが日系であったために、国民の大多数を占める
インディオと一部の裕福なスペイン系国民が対立するペルーにおいて有利に働いたと考えている。